2010年8月23日月曜日

朝焼けと最近の感覚












2週間くらい前だと思う。朝方に家に帰るとき綺麗な朝焼けが出ていたので思わず写真をとった。暫く文章が書けない状態が続いているんだけれども、その分、ぼんやりと考え事をすることが増えた。ぼんやりと考えてるから、ちょっと前に何を考えていたのかなんてことはどこかに消えてしまう。難しい本を読んでみて、なんとなく分かった気になって、暫らく経つと何が書いてあったかが思い出せない。そんな感覚によく似ている。

そこでちょっと思う。消えてしまった記憶は全て無いということと同じなんだろうか。ぼんやり感じた感覚は本当に消えてしまったのだろうか。タバコの煙が空気に馴染んで透明になるように溶けていっただけなんじゃないだろうか。

ぼんやりとした感覚の中で過ごしたことは、なんとなく溶けていってしまった気がしている。この数カ月間はそんな感じだった。八王子城跡に行こうとして迷子になったり、仙台スケートパークに行ったり、インセプションを見たり、スパ4をやったり、アリエッティを見たり、横井軍平トークショーに行ったり、その間に読んだ数冊の本もあまり記憶に残っていなかったりする。

人に何かを伝えようとするとストーリーが必要で、そのストーリーは記憶につながる。例えば小学生の時の夏休みと言われて、何かを伝えられる人は、夏休みのストーリーを持っていたりする。だけど僕の中に森の中でセミの鳴き声を聞いている夏休みの瞬間がある。僕がなぜそこにいたのか分からないし、ひょっとしたら頭の中でイメージしたものが現実と重なっているだけなのかも知れないが。イメージだとしても、その中の何個かは現実だろうけどね。

まあだから記憶に残っていないと思いながらも、溶けていった瞬間と瞬間は写真の様に覚えていたりする。僕らは瞬間を伝える方法を知らないだけなのかも知れない。