2010年4月12日月曜日

ハートロッカーを見てきた


ハートロッカーを見てきた。以下Wikipediaから。
『ハート・ロッカー』(The Hurt Locker)は、2008年のアメリカ映画。イラクを舞台としたアメリカ軍爆弾処理班を描いた戦争アクション、社会派ドラマ。撮影はヨルダンで行われた。第82回アカデミー賞作品賞受賞作品。タイトルはアメリカ軍の隠語で「苦痛の極限地帯」「棺桶」を意味する。

そういえば書くのを忘れていたけど先々月にアバターを見てきた。アバターはすごい良くて皆に見るように薦めた。アバターは3DはもちろんのことCGXでの世界観は引き込まれる。ハートロッカーはストーリーが重い+現実感がある分、皆に見ろとは言えないけれどもよく作りこまれた映画だった。映像の作り込み、爆破、戦闘行為のリアリティ、突きつけられた現実、主人公の生き方に共感を覚えました。あとオチについてこんな話(ネタバレ注意)もあった。個人的には、エンディングのテーマソングがある一方で、爆破映像の作り込みなどから両方の側面が描かれていたと思う。


PS3のヘヴィーレインはクリアした。オチは納得いかない部分があるけどゲームシステムは革命的。

NHKスペシャル「ハッブル宇宙望遠鏡 宇宙の始まりに挑む」も見た。こっちも良かった。宇宙やばい。

2010年4月5日月曜日

深夜のSガストにて



先日の出来事。終電ぎりぎりで地元の駅に戻る。そういえば夜ごはん食べていなかった。特に食べたいものもあるでも無し、なんとなく入りやすそうだったSガストに入る。夜遅いこともあってかお客さんは誰も居なかった。券売機で適当なメニューを選び、ちょいと奥目のあまり目立たない席に適当に座る。チケットを渡してメニューが出てくるのを待つ。

店員さんは2人いて、ひとりは慣れていない手つきで料理の作り方を教わっていた。本当に慣れない手つきだったので些か不安になったりもしたけれど、色々な指示を出されるごとに威勢よく「はい!」と返事をし一生懸命に取り組んでいた。何をすべきか分からないけれど、一生懸命に取り組む様子に少し共感を覚えた。

やがて僕のメニューが運ばれて来ると同時に、別々のスーツの男性2人が店に入ってきた。僕の2つ右隣にひとり、さらに3つ隣にもうひとりが座った。食事をとりながらカウンターの向こうを見ると、同じように作り方を教わりながら料理をしていた。指示内容は非常に細かい。ご飯は冷めるから、出す直前に用意する。ドレッシングは一つ使ったら補充しておく。カレーはお皿が軽いからご飯を多めに等々。。。。

彼は一生懸命指示を受けながら料理をしていたが、慣れない為に時間がかかっていた。はじめは誰でも時間がかかる。そのまどろっこしさが気に入らなかったのか右隣のスーツの男性が「ちょっと、見習いに作らしてないで早くもってきてよ」と言う。いや、確かに見た感じ彼は容量の悪そうな感じもしたけれども。僕は彼に親近感を覚えたのかもしれない。そうでないのかもしれない。ただなんとなく咳払いをした。スーツの男性がこちらを見た。僕はもう一度咳払いをした。ただそれだけのことだった。まあ嘘なんだけど。

2010年3月23日火曜日

どんどん季節は流れて



戦後の焼け野原から65年過ぎて、東京には新しいビルが立ち並ぶようになった。立ち並ぶでは無く、ひしめき立つという表現の方が相応しいかもしれない。凄まじい発展だ。どれだけビルを立て続けたのだろう。

全てが崩壊した焼け野原の日本で「生きよ、堕ちよ」と坂口安吾が言ってから、東京ミッドタウンのスターバックスで「キャラメルマキアートをトールで」なんて言ったりするのに65年しかかからなかったことになる。どれだけの速さでビルを建てまくったら、どれだけの速さで物が増えれば、こんなことになるのだろう。

98年、ちょうどGoogleが出てきた頃で、当時の僕もインターネットが全てを変えるなんて思った。実際、世の中は大きく変わってきて、調べごとをするのに図書館に向かう人は減った。家族はちゃぶ台を囲むなんてことは無くなって、親子の会話はメールになった。

65年を改めて考える。1世代は大体30年とすると、終戦直後の65年前はちょうど祖父母の世代にあたる。そして、父母の世代が過ぎて、ちょうど今が僕らの世代だ。父母の世代の80年代のモノづくりニッポンは変わってきている。それらが変わっていこうとしているのを感じている。僕らは車は持たないし、テレビは見ない。どのように変わっていくのかは分からないけれど、それには良い面と悪い面が両方あって、僕らはきっとその両方の責任を持たなければならないんだと思う。

大和朝廷ができたのが4〜6世紀らしいけれども、世代で考えるとざっくり50世代前ということになる。古墳時代から、たった50世代ということになる。そう考えると僕らはとんでもなく遠いところまできてしまったし、これからもとんでもなく遠いところに向かっていく。

変わらない物もある。美味しいものを食べれば嬉しいし、人が死ぬのは悲しい。楽しい、辛い、気持ちいい、、、そんな感情や感覚は言葉や論理や歴史を超えて共通の感覚として在り続けるんだろうと思う。

とてつもない速さで変わっていく中で、変わらないものを見失わないでいるということは難しいかもしれないけど、とても大切な気がする。どんどん季節が流れていくなかでも何が好きか位は言いたい。

Ustreamで七尾旅人×やけのはら - Rollin' Rollin'を聞いてそんなことを考えた。

2010年3月6日土曜日

寒いと暖かいを繰り返しながら春がくる

久々の更新です。最近は雨がふったり、暖かい日があったり、花粉が飛んだり、そうしながら、だんだん春がきているコトを実感します。そうやって寒いと暖かいを繰り返しながら春がくるのです。冬の間は忘れてしまうのですが。なんてことを考えてました。

USTREAM
が最近おもしろいです。ちょっと前からおもしろいです。ちょうど今もEnoさんがDJをやっているのを聞きながらブログを書いて、たまにコメントをTwitterで投稿してます。とんでもないライブ感です。

2010年1月20日水曜日

新年の目標



新年の目標を書くと言いながらズルズルと先延ばしにしてしまった訳だが、毎年年始はこうだらけている気がする。年末は師走という程に忙しいのだから忙殺されているという言い訳ができるにしても、年始まで忙しいというのはどういう事だろう。これは全くもって逆の現象であり、自分の動きが遅くなっているのではないかと疑うばかりである。

従来人間は年始はあまり活動しないように出来ているのではないだろうかと考えてみたが、暦というものは人間が考えたものだから天体的な現象とも説明ができない。それこそ宇宙のパワーですなんて言えば、年末年始の番組特番のような気もしてくるし、そもそも1月20日まで番組特番なんてやっていない訳である。という訳で年始の目標を考えた。

「適応力」と「煽動力」というテーマにしようと思います。「適応力」とは困難な環境でも自分の能力を持ってこれにあたることです。そのために自分を環境に合わせていく能力を身に付けたいと思います。「煽動力」とは困難な環境に陥ったとき、または陥る前に周囲の環境を変えていく能力として書いています。

この二つの能力を併せ持つ象徴的なモノを想像したらインフルエンザという結論になって、あまりに不謹慎なのでここらで締めておきたいと思います。