2019年1月1日火曜日

2019年

新年あけましておめでとうございます。昨晩は寝る前の布団の中で3歳の娘がおもむろに、今年もありがとうございました、と言いました。どこかで聞いた言葉を言ったのだと思うのですが、どういたしまして、こちらこそ今年もありがとうございました。

今年の干支は己亥(つちのとい、きがい)です。平成最後の年に十二支の最後となる亥となります。十干では己の字は統制をあらわすとあります。締めくくりの年に相応しいたしにしたいものです。

己を修めることは難しく、人を諭すこともままならず、ましてはことを興すには程遠いですが、世のため人のために日々できることにまい進します。

2018年1月1日月曜日

2018年

あけましておめでとうございます。
旧年は第二子が誕生してさらに家族がにぎやかになりました。仕事の方も一段とチームとしての結束が強まり、順調にプロダクトも成長してきています。ディープラーニング等の新技術もますます発展してきています。政局的な的な面や不確実性の増す世界情勢もあります。明暗混在とした新しい時代の始まりを予感させます。
2018年は戊戌(つちのえいぬ、ぼじゅつ)、陰陽五行では、十干の戊は陽の土、十二支の戌は陽の土で、比和(属性の重なり影響がつよくなること)だそうです。土は植物の芽が地中から発芽する様子が元となっていて、万物を育成・保護する性質を表し、「季節の変わり目」の象徴とのこと。干支的なところでも変化の兆しがあります。
今年もよろしくお願いします。

2017年12月30日土曜日

2017年振り返り

第二子が生まれて生活が変わる中で、人生如何に行くべきか、を引き続き模索中です。人生の彩りは豊かになり、時間認識が長くなりました。賑やかな声で目を覚まし、あっという間に一日が終わる日々を楽しく過ごしています。35年という時間は一瞬のようでもあり、大政奉還から150年しかたっていないことはつくづく、脈々と続く20万年前から続く人類の営みが自分と地続きであることを実感します。

世の中は分断化され、再び個の力が強まる(ポール・グラハム的には集団をひきつけていた力が弱まる)方に進みつつあります。こうした背景から少なくとも、集団的な無意識を認識し、それ前提に個人が意思決定をした上で、また自己を没頭するもに還元していくことが大事と感じます。

When Rockefeller said individualism was gone, he was right for a hundred years. It's back now, and that's likely to be true for longer.
原文 http://paulgraham.com/re.html
和訳 https://note.mu/hoshinomaki/n/n77c7df31ffa1

毎日コードを書くと決めてから実施してみましたが、2回ほど(4日)風邪を引いたためかけませんでした。意思の問題より自己管理の問題だとわかったのは収穫です。引き続き、この厳密に習慣を続けるかどうかは未定ですが、習慣的に学びアウトプットをすることに効果的だったので基本的には習慣化させていきたいと思います。

今後の課題としてはどうやって、これらの活動を生産的にできるかということです。 いともたやすく、境界を超えていく、そんな風に行きたいものです。

2017年1月1日日曜日

2017年

旧年は子供が生まれたことにより大きく生活のリズムが変わりました。ひとがいっていたが、気にせずにしてきたことの多さに驚くとともに自省をしております。絶対的に時間の制約が生まれたことにより、切り捨てるものは切り捨て、無為に時間を過ごすことが、さらに減りました。集中力が増すことにより生産性も上がった気がします。振り返ると、カリカリし過ぎてた気もするので、もうすこしヒップに行きたいなと思う次第です。2017年もよろしくお願いします。

平成29年 元旦


2016年1月1日金曜日

2016年の目標

2015年は個人的に大きな変化のあった年でした。結婚、第一子の誕生を通じて、様々なことを考え、自分自身を見直しました。いまは混乱を喜びと祝福でサンドイッチされている気分です。2016年のテーマは三度一致ということにしたいと思います。



旧年は人工知能の元年とも言われるほど、ディープラーニングに代表される、機械学習の知見が広まりました。これにのっかりまして、ディープラーニングの技術を使って、ゴッホと娘の写真を合成してみました。なかなか計算に時間がかかりましたが、いい感じにできるのではないでしょうか。

2016年は、こうした技術が画像認識以上の知性を持ち得るかどうか、興味深いポイントです。将来的には。おそらくテキストの意味解釈はもっとされるようになり、未来予測のようなこともできるようになるでしょう。

また、これに合わせて、GPUの活用といった背景から、並列プログラミングというのも、テーマになってくることが予想できます。いずれにせよ、実用化手前といった段階で、研究やビジネスをする上では非常に面白くなってきています。

もっと先の未来としては、やはり人工知能が、機械的な仕事はすべてこなしてくれる未来が来ることに伴って、僕らが取り組むべきことの多くは、エンターテイメントと教育になってくるのではと思っています。(あとは権力や武力のパワーゲームかもしれません)

プログラミングと教育とエンターテイメントを掛け合わせた取り組みを2016年も邁進してまいります。

2016年もよろしくお願いいたします。

2015年1月1日木曜日

2015年の目標

みなさん、明けましておめでとうございます。


青い空は動かない、雲片一つあるでない。

2015年の目標は「時をカケル」。

2014年の映画、インターステラーと6才のボクが、大人になるまで。

2014年に見た映画の中で面白かった映画は下記です。

・インターステラー
・6才のボクが、大人になるまで。
・ダラスバイヤーズクラブ
・ホドロフスキーのDUNE
・地獄でなぜ悪い

時間は平等なものだと言われたりするが、僕はぜんぜんそう思わない。

現在においてもっとも貴重なものは時間だと言われたりする。いや、それは現在だけじゃないでしょ。いつの時代だって時間はもっとも貴重。ただ、たしかに、時間をどう扱うのか、という問題は21世紀において中心的なテーマになっていると思う。

とくに「インターステラー」と「6才のボクが、大人になるまで。」について僕がこの2つの映画を見て思ったことは、僕らは時間に翻弄されているように思えて、同時に僕らは時間を支配しているということ。

観ていない人には何を言っているのか分からないと思うけど、「インターステラー」は時間を積分したような映画で、「6才のボクが、大人になるまで。」は時間を微分したような映画だった。この2つの映画をみると時間との付き合い方がわかるような気がする。

2つとも語るよりエクスペリエンスなので、見てみると良いと思う。


2014年12月31日水曜日

2014年の振り返り

2014年のテーマはコア(核)ということを考えていました。

モノゴトはどこから始まるのだろうか。実施しないものは価値が無いのか。
アイディア、企画概要、競合調査、コア・バリュー、ディテール、制作…。
コア・バリューにたどり着くこと、そこを考えて2014年を過ごしてきました。

振り返りとしてメモをベースに大まかにまとめて見たんですが、僕以外にはさっぱりな内容になってしまいました。一応最後に記載しておきます。

まとめると、3〜5くらいのシステム保守運用作業しつつ、開発系の新規プロジェクトを5個くらい立ちあげて、うち2つは開発中止になった。残りの3つは年明けくらいに何とか着地できそう。

開発以外のプロジェクトはあくまで薄く関わる感じで、企画とかアイディア出しくらいで留めているので最後までプロジェクトに入っていない。

プライベートのプロジェクトはリリースは1つあって、それ以降は薄く1つを進行中。それ以外にも2014年には大きな変化もあったんですが、それはまた別の機会に。

仕事にはプログラマーとディレクターは掛けあわせたような感じの役割とマネジメントの2柱、必要に応じて(迫られて)デザインやマーケティングなどをやるという感じです。

やっぱり反省としては新規事業をスタートさせすぎて、かつリリースまでいけなかった事です。ただ、その中で残っているプロジェクトはリリースが楽しみです。

また、2014年のテーマは本当はコードを書くということがメインだったんですが、6~10月はそれができて満足です。また、リリースを控えているサービスが、予期せず「カク」ということと関係しているのが面白いです。


2014年1月 
新規アプリ(アプリA)を企画しつつ、クラウドソーシングを本格的に検討
2013年に作ったアプリの新しいバーション(アプリB)について並行して企画
新規アプリ(アプリC)の企画をまとめつつ情報収集

2014年2月
アプリBについて企画の骨子を考える
アプリBについてのサーバーサイドAPIを実装
既存ウェブシステム(ウェブサービスA)のオンライン予約機能を開発
動画メディアについての企画

2014年3月
アプリAについて開発中止
アプリBについての画面レイアウトの作成・ユーザーテスト
既存ウェブシステム(ウェブサービスB)についてのリニューアル企画
アプリCについて開発会社とのMTGの開始

2014年4月
アプリCについて画面レイアウトの作成・ユーザーテスト
ウェブサービスBについての画面レイアウト作成
集客用イベントの企画、定期的に実施するオペレーション
採用目的のためのHPの作成
新規ウェブサービス(ウェブサービスC)についての企画

2014年5月
ウェブサービスCについて企画見直し
ウェブサービスCについて画面レイアウトの作成・ユーザーテスト
ウェブサービスBについて企画骨子を再定義
エンジニア育成プロジェクト3期に向けてアイディア出し
ウェブサービスBについての中間レビュー

2014年6月
ウェブサービスCについて画面レイアウトの作成・ユーザーテスト
開発合宿の実施(ウェブサービスCとアプリBについて開発)

2014年7月
アプリBについて開発中止
アプリCについてスケジュールとスコープの見直し
ウェブサービスBについて企画骨子の見直し

2014年8月
来期にむけての予算策定
アプリCの開発
ウェブサービスCの開発

2014年9月
エンジニア育成プロジェクト3期生の企画骨子確定
アプリCの開発
ウェブサービスCの開発

2014年10月
来期開発計画の策定
エンジニア育成プロジェクト3期生開始
アプリCの開発
ウェブサービスCの開発

2014年12月
ウェブサービスBについて次期開発要件リサーチ
アプリCの開発完了・納品

2014年4月30日水曜日

地元のファミコンショップ


地元のファミコンショップが閉店するらしい。半分くらい片付けが始まっている様子が寂しかった。約20年間、営業していたファミコンショップの思い出がよみがえる。このファミコンショップがぼくに与えた影響はきっと小さくない。

小学生くらいの時、僕らはこのファミコンショップに入り浸ってデモ機をさわっていた。僕らは全然お金がなくて、このファミコンショップが新しいゲーム機にさわれる貴重な場所だった。

ほとんどソフトを買うことがなかったけど、店長さんは本当に仲良くしてくれた。ゲーム脳が最盛期、この時は「ラッキーな場所見つけたぜ」くらいに感じていたが、今から振り返れば、何も持たない小学生を相手に良くしてくれたことを感謝している。なぜそこまで良くしてくれたのか、振り返ってみても良くわからない。ただただ単純な好意だったと思う。

このファミコンショップは中古ソフトの販売をしていた。このファミコンショップには多くの開封済みのゲームソフトがあった。僕らはだいたい毎日3時間はこのファミコンショップにいて、たまに(アンオフィシャルに)バックオフィスに連れて行ってもらえることがあった。

その機会に数多くの開封済みゲームをやらせてもらえた。中古ソフトなので、最新作はないが、聞いたことのある名作と呼ばれるものを片っ端から触った。もしくは、このゲームはどう思う?みたいな感じで触らせてもらった。もちろん時間に限りがあるので、最後までプレイすることは少なかったが、僕は普通では体験できないような数多くののゲームに触れることができた。

また、スーパーファミコン全盛の時代にファミコンソフトのワゴンセールをやっていた。全てのファミコンソフトが100円くらいで売られていた。僕は自宅にあるソフト以外のすべてを買いまくった。おそらくこの時に100〜200本くらい買った気がする。そうしてまた、僕の脳内ゲームインデックスがアップデートされていった。

それから10年くらいの間、当時の店長や店員さんがいなくなり、また、忙しくなり始めた僕とこのファミコンショップの付き合いはフェードアウトした。ただ、当時の恩返しのつもりで、僕は買いたいゲームはこのファミコンショップで買うようにしていた。地元でなんとなく立ち寄る場所っだった。



僕が最近ゲームのことを考えると、かならずそこにコミュニティがあることに気づかされる。ビジネス以外の大きなものが、そこにあり、それは単純な好意だったと思う。僕は、こういったものが残っていることが大切だと思う。

2014年1月1日水曜日

2014年の目標

あけましておめでとうございます。2014年もよろしくお願いします。

(実家で探してきました)

2014年は十二支では午年ということですが、60年周期の干支では甲午(きのえうま)になります。午という字は、正午や子午線上というように、てっぺんを表す意味です。つまり午年というのは成長が極限を過ぎて、衰えを見せ始めた時のことを言うそうです。一方、甲は十干で一番目の字になり、古い体制が終わり、革新がはじめるということらしいです。

ちょうど60年周期で見てみると、1954年はゴジラの公開、世界初の原子力発電所、昭和の大合併など、高度経済成長を象徴する出来事があったようです。以下、その後の甲午の出来事をWikipediaより箇条書きにしてみます。

1894年 日清戦争。
1834年 イギリス、東インド会社中国貿易独占権廃止。
1774年 解体新書や若きウェルテルの悩みの刊行。
1714年 多くに対する大粛正、江島生島事件。
1654年 ウェストミンスター和約締結、第一次英蘭戦争(1652年 - )終結。
1594年 石川五右衛門、三条河原で釜茹での刑に処せられる。
1534年 イグナチオ・デ・ロヨラ他7名によってイエズス会が結成。
1474年 ダライ・ラマ1世の死去。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B2%E5%8D%88



2013年のテーマはInsideとOutsideということでした。2013年は派手なアクションはありませんが、「ものづくり」の舞台裏を考えた年であったかなと思います。

2013年の半ば、「それ、ジョブズならなんて言うかな?」とかうざい発言をするようにもなりました。スティーブ・ジョブズの映画が2本公開され、それを観に行った影響です。

最初、馬鹿にしていた「あまちゃん」にもハマり、何を聞いてもあまちゃんの話だと勘違いするようになってました。

また宮崎駿の「風立ちぬ」公開、そして引退に際して、スタジオ・ジブリのものづくりについて考察をしました。風の谷のナウシカから始まり、その後の全ての作品において、それぞれの挑戦があることに驚かされます。

そして年の最後に「ゼログラビティ」を観て、天地が裏返るような衝撃を受けました。まだ観ていないひとは、是非、観に行ってみてください。IMAXで。

2014年のテーマとしてはコア(核)ということにしたいと思います。どうぞよろしくお願いします。





2013年11月11日月曜日

シリコンバレーに行ってきました


2013年11月2日からシリコンバレーに行ってきました。視察目的での訪問です。さまざまな人に大変お世話になりました。まずは思うところを、そのまま書いてみたいと思います。

ぶっちゃけいうとシリコンバレーはIT企業以外、何もありません。故に若い人はサンフランシスコに住みたがっているとか話を聞きましたが、まあそんなことはどうでもよく。僕が痛感したことは何もない地域が、これだけの企業の集合体を生み出し、そこから世界に影響を与えるプロダクトが生産されていることです。

僕はこれまで日本人がシリコンバレーに行って起業することの意味があまりわかりませんでした。なぜなら、海外で受ける日本人が作ったモノは日本的であるものが多く、海外で展開するのにはそこが鍵だと思っていたからです。つまり海外に行くことによってそのメリットを消してしまうのではないかと。今回の訪問でその考えはある意味正しく、ある意味間違っていたことに気づきました。

シリコンバレーにある企業は、その中に独自の国家を作ろうとしているのです。つまり、日本対アメリカではなく、ローカル対グローバルという視点を持ちました。テクノロジーを使って世界的や普遍的な問題にアプローチするための場所がシリコンバレーなのだと思いました。実際に多くの住人は世界中から集って来ていて、インドを含むアジア人を見かける事が多いです。

もう一つ思ったことは、これはシリコンバレーに限ったことではないのですが、ひとや土地には波長があるということです。シリコンバレーにはシリコンバレーの波長が、インドにはインドの波長があって、その波長に合う人が呼ばれていく気がしました。

お世話になった方、どうもありがとうございます。







2013年10月22日火曜日

結構前の7月21日ですがシンガポール行ってきました


シーシャ吸って、カジノ行って、インキュベーションセンター見てきました。ざっくりと時間を決めて現地でという流れだったんですが、すんなり合流できました。すごい発展です。あとせっかくなのでiPad min cellularを買ってきました。

2013年5月21日火曜日

2013年5月18日の朝日

先週末に合宿をしまして、その帰りの朝日が綺麗だったので。

2013年3月6日水曜日

ゼロ・ダーク・サーティを見てきたよ


そうえいばゼロ・ダーク・サーティを見てきました。友人から誘われたのですが、その後もまた別の友人から誘われました。友人の数はそんなに多くないと思っているので、僕がこういう映画が好きだと思っているのか、こういう映画が好きな友人が多いのか、その両方なのかどちらかだと思います。
ゼロ・ダーク・サーティ』(Zero Dark Thirty)は、ウサーマ・ビン・ラーディンの捕獲・殺害ミッションに挑む特殊部隊を描いた2012年のアメリカ合衆国のアクションサスペンス映画である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BC%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3 

内容については「極めて不正確で誤解を与えている」との批判もあるようです。

http://jp.reuters.com/article/entertainmentNews/idJPTYE8BJ03V20121220

ただ僕はこうした批判がある事自体がジャーナリスティックであり、この作品を通して貫き通している素晴らしい点だと思いました。最後に主人公が飛行機に乗った時の「沈黙」という答えが印象的でした。


(これならネタバレじゃないよね)

2013年2月27日水曜日

僕らの流動性

1週間前の2月20日にゲームクリエータの飯野賢治さんが他界されました。飯野さんとは直接面識は無いのですが、ウェブ上で幾度かコミュニケーションをとって頂く機会がありました。

初めてその存在を知ったのは、兄が、「すげぇゲームをつくる人がいるんだよ」と伝えてきたからだった。「すげぇ」のは「ゲーム」に掛かっているのか、「人」に掛かっているのか、「両方」に掛かっているのかわからなかったが、僕にとっては「両方」だった。それ以来、僕が生まれて初めて尊敬した人となり、今でも僕の中のロールモデルだ。



3年前の同じ時期に祖母も他界した。死について思う。死ぬということはどういうことなんだろう。ご本人のPOSTにもある。「いずれにせよ、よく言われるような 簡単なことではないと思っている」… たしかに。。。簡単なことではない。。。

もうひとつ、思うことはもうツィートは更新されないし、飯野さんの新作を楽しむことはできない。つまり死とは僕らのいるこの世界に対して与えられる変化が固定化することかも知れない。生きている間は僕らは流動的だ。そういうことを思っていて、寂しくなり、居ても立ってもいられなくなり、botを作ることにした。

https://twitter.com/kenjieno_bot

追記:僕より先に同様のことを考えられた方がいました
   https://twitter.com/kenjieno_words

正直なところ賛否両論はあるかも知れない。西健一さんが「作家が亡くなったって作品は生きているのだ。」と、newtonicaをフリー配信したように、僕は思う。

亡くなったとしても影響力は生きている。僕はそう思う。


2013年1月1日火曜日

2013年の目標


みなさんあけましておめでとうございます!

2012年は多くの方にお世話になりました。多くのアドバイスもいただきながら、なかなか充実した1年だったように思えます。2012のはじめに定めた目標は半分くらいしか達成できなかったですが、今まで気づかなかった課題も見つけることができました。なによりも1年間を通じて喜怒哀楽の多い年でした。つまり、楽しく過ごせました。

2013年も新しい扉を開いて行きたいと思います。
2013年の目標としては次を考えています。

・InsideとOutsideのバランスをとる

よろしくお願いいたします!

2012年12月6日木曜日

デジタル空即是色


デジタルってなんだろう?そう思ってた時、ちょうどチームラボの猪子さんの記事を目にした。僕にとってすごくよく分かる説明だった。

猪子:みんなよく言うじゃん。「アナログからデジタルへ」とか、「アナログの時代はよかった」とか、「デジタルは冷たい」とか。
デジタルって何かをまったくわかってなくて使ってるんだよね。じゃあ、デジタルって何かっていうと、「情報が物質を介在せず、単独として存在できる」ということなんだよ。
田中:物質を介在せず、ですか?
猪子:うん。情報化社会の前は、情報は物質を媒体としてたんだよ。たとえば油絵ってあるよね。人間にとって油絵は単なる情報でしかないんだけど、情報は情報として存在できなかったから、油絵の具っていう物質を媒体として存在してたわけ。 
もっとすげーわかりやすく言うと、音楽データ。レコードはアナログじゃん?

http://toyokeizai.net/articles/-/11686?page=4

僕が中高生の時、ちょうどカセットテープ、CD、MD、MP3と音楽を聞く方法が変化した。そこで起こったアナログとデジタルの変遷を経験として理解できる。これはすごい貴重なことだったななんて思う。

余談だが、耳に挟んだ(というよりポッドキャストで聞いたんだと思う)話で、ドワンゴ社内では、この変遷の時期に思春期を過ごした世代としてデジアナ世代と言ったりしてるらしい。

話を戻して「アナログ即是デジタル、デジタル即是アナログ」について説明すると、デジタル技術によって情報は物理的なものから離れることができることになったけど、「情報は直ぐに物理的なものに変わり、そしてまた情報となっていく」んじゃないかなと思ったわけです。

音楽を例にすると次のような感じ。

友だちに勧められてあるバンドの音楽を聞いてみる(アナログからデジタル)
すごい気に入ったのでバンドを深く調べていく(まだデジタル)
バンドのライブ情報を見つけたのでライブに行く(デジタルからアナログ)
ライブで友達と待ち合わせる(アナログ)

そこでウェブサービスの役割を考えると、やっぱりこの変換装置を作るところが大きな役割なんじゃないかなーと。もしくは、その一部をやるにしても、そのくらいの視野を持ちもちたいなと思ったりしました。

(おわり)



余談:たまに僕は攻殻機動隊の世界ではどうなんなんだろうと妄想したりします。世界においてもアナログというのはあるのかな、と考えたりします。

※攻殻機動隊の世界では電脳化によって脳内活動がすべて電気信号に置き換わり、人間と機械の境界が極めてあいまいになっています。そういった世界で「自我とか意識とは何か」というのが作品のテーマになっています。たぶん。

僕は、切り離されたとはいえ、デジタルとアナログは隣り合っていて、曖昧な境界もかなりあるのではないかと思っています。例えばゲームをしていて強烈をした時、その瞬間やストーリーを記憶します。それは経験といえるもので、経験は自分の体という物理的なものを介して保存されると思います。つまりアナログ。

※そう考えると遺伝子ってデジタルだなって思ったり。

さらにいうと電脳化された社会では、自分の体の認識は広がり、身体性は広くなるのではと思ったりします。例えばサイボーグとなった体であれば、そのサイボーグの部分も体と認めます。と考えると、電脳化された世界ではデジタル空間も拡張するが、それに合わせて身体性も拡張し、アナログとデジタルのバランスは保たれていくんでないかなと。

※まあそういのは虚構だと言う人もいるだろうな。

(今日もこうして無駄なことを考えて生きています)





2012年11月29日木曜日

デジタル色即是空

父から般若心経って知ってる?と聞かれた。殆どの人に興味がない内容かもしれないけど、なんとなく思ったことを書いてみることにする。いつもの様に。

一般的に般若というと「あの怖いお面」を思い浮かべるかもしれないが、Wikipediaの般若の意味を調べると下記のとおり。


般若
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%AC%E8%8B%A5
一般には智慧といい、仏教におけるいろいろの修行の結果として得られた「さとり」の智慧をいう。ことに、大乗仏教が起こってからは、般若は大乗仏教の特質を示す意味で用いられ、諸法の実相である空と相応する智慧として強調されてきた。
つまり般若心経とは空の教えということ。有名な色即是空、空即是色ということばも般若心経の中の一節だったりする。ニコニコ動画にこの般若心経の現代語訳?が乗ってたので、これも面白かったので乗せておく。
(黄色のコメントが現代語訳?)



和訳の部分の解釈は色々あると思うのだけれども、やはり空をどの様に理解するのかが難しい。英訳だとemptinessとしたりしているらしい。兄はデカルトの我思う故に我在りみたいな話と似ていると思う、なんて言ったりしていた。こうやっていろいろな思考に発展していきやすいのが東洋思想の面白いところだったりする。

僕もそんなことをベースに考えていたら、ちょっと思いついたことがあった。あまりに飛んだ話ではあるなーと持っていたんだけど、人にすこし話してみたらわりと理解いただけたのでブログに書いてみる。

それは「アナログ即是デジタル、デジタル即是アナログ」という考え。

文字ヅラはあまり良くないけど、ウェブサービスについてちょっと参考になるのかなと思ったりしてます。説明すると長くなりそうなので次週に続きを書きます。

(来週の木曜に続く)


2012年10月6日土曜日

僕の5年のログポース 4


ーザ・ワールド・ウィズアウト・ジョブズー


ようやく1年ちょっと前まで戻って来れた。僕は会社を辞める決意をしてから、実際に辞めるまでプログラミングの勉強を続けていた。実際に辞めることになった時に、エンジニアスクールの紹介があった。ちょうど無職になるし、自己流でやってきたエンジニアの勉強の復習のためにいい機会だと思って行く事にした。
(いま思えば、こんな大きな変化のきっかけになるとは思ってなかったが)

開業してから色々なことをした。エンジニアスクールでは、生徒から先生の立場までなった。その後、ベトナムでアプリコンテストをした。エンジニアとしてある企業の業務システムを作り、新しいサービスの開発もしている。そして、そのサービスを大きくするため人材開発もしてる。こちらでは本当に多くのことをさせてもらってる。

iPhoneアプリの改修や画像素材の作成やHPの制作などもした。企業のウェブ戦略のコンサルティング的なことまでしたし、プロモーションドラマの撮影的なこともした。その間に、ゲームの企画職もやったり、システム統合作業もした。ウェブマーケティングの仕事もした。

それとさらに並行してしたことが、自分たちのサービス開発と月1で簡単なサービスを作ること。自分たちのサービス開発は4つくらい開発して、2つは途中て開発中止にした。そしてまた新しい色々なことで動き始めてる。

これから先のストーリーはどうなるのだろう。現実はそこまで派手でもないが、淡々と進むわけでも無い。結局はそのひとつひとつを真摯に受け止めて行くしか無いのだと思う。自分の意志によって新しい一歩が生まれる。その一歩によって新しいストーリが開けるのであれば、それはまた楽しみでもある。

ーさいごにー

(ベトナムにて)


さいごにこの文章を書いている時に思ったことをまとめておこうと思う。

「魂」
判断をするのに魂が必要になった。もちろん中二病的※な意味も含めて。全ての瞬間で自分が判断しなくてはいけなくなった。損得勘定より、本当にそれが自分の望む方向なのかを決めなくてはいけない。誰かが代わりに答えてくれることはない。だから、何かを判断するには魂が必要だ。そこがズレているとやっぱり、全然うまく行かない。

※中二病=中学二年生くらいの時に思春期の男性が持つ特有の妄想。という感じで理解されてる。

「正解はひとつじゃない」
世の中には色々な人がいて、それぞれの判断や答えがある。そして、それの一つ一つに対して、ひとつの正解はない。価値観の数だけ答えの出し方はある。そんな判断は面白いし勉強になる。合わせて感情移入しやすくなって涙もろくなった。まあ悪いことじゃないと思ってる。

「サバイバルゲーム」
リアルな生活の意味でもホビー的な意味でもサバイバルゲームを始めた。対戦相手、チームメンバー募集中です。お気軽にご連絡ください。

「記憶と時間と想い出」
段々と最近の話になるに連れて、「記憶の生さ」加減に耐えるのが辛かった。記憶は時間が経つと共に薄くなってしまうのかもしれないが、その分、熟成される部分があるのだと思った。

実は、中学〜高校〜大学の僕の記憶も、かなり良い感じに熟成されてしまっている。はちゃめちゃな楽しいストーリーがあったなぁとぼんやり思い出しかける。ただし赤面する内容が数多くあるので、とりあえずは封印しておくことにする。

おわり

2012年9月29日土曜日

僕の5年のログポース 3


ーボニーアンドクライド・マニーアンドプライドー


前回、書いたように僕は失敗をした。それにけじめを付ける必要があった。自分自身に自信を取り戻すために。僕の結論は「ものを作るには手と頭を連動させて動かさなければいけない」だった。それが組織であれ、個人であれ。そしてプログラミングの勉強を始めることにする。前まではソースをみて、少し直すようになる程度だったが、完全にゼロから書けるようになりたいと思った。

そして、次の部署にはエンジニアとしてアサインされた。ただし、僕には後処理も残っていたし、新しい部署といまの部署は物理的に離れていたので、離れたものを繋ぐには具体的な物が必要だった。仕事としては普段は会社清算業務を進めながら、週に一度はひとつの機能を持ったコードを納めるような形になった。

ただ、だいたいこの頃だったと思う。会社を完全に辞める決断をしたのは。なぜそう思ったかといえば、「ものを作るには手と頭を連動させて動かさなければいけない」という結論が大きかった。そして、負けっぱなしでは終われないという意識があった。

この頃のことは前後不覚な感じだ。たぶん、それだけ心理的ダメージを受けていたんだと思う。そして、そのダメージに耐えるため、偶然ネットで見つけた「失ったものに対しての取り返しのつかなさを感じるのは、そこから多くの物を得ていたからだ。」という言葉を大事にしていた。

ーピース・オブ・サムシングー


その頃と前後して、僕は部署を異動になる。新しいサービスを立ち上げるので、ウェブマーケティングをして欲しいとのことだった。この頃に意識し始めたのが、サービス指向ということだった。最初の部署で学んだウェブマーケティングをしていたのだけれども、前とは違って、誰に向けてサービスを作るのかを意識し始めていた。周りも見え始め、周りの人から多くのことを学ぶ方法も取り入れ始めた。

この部署に入る頃に、「人生は宝探し」だと思います、と痩せ我慢をしながら伝えたことが記憶に残っている。宝探しの意味は、たぶん人それぞれなんだと思う。ただ、それに向かって進んでいく意志が重要なんだと思う。そして、今の自分はどうなんだろうと思う。

あと会社を辞めるときに思ったことは「僕が受けた幸運は別の人に返したい※」ということだった。誰かの好意を、その人に返すだけでは閉じた世界で終わってしまう。その好意を、誰か別の人に与えることが出来れば「好意は連鎖する」。そうすれば、この世の中は、もっと別のものに変わるんでは無いだろうか。

※ペイ・フォワードと言う映画の話にインスパイヤーされてます。おすすめです。

多くのことを学ばせてもらったが、感謝の気持ちを上手く伝えることができなかったと思う。気持ちを伝えるのは本当に難しい。実はいまでも伝える機会をけっこう待ってる。

(また土曜、次回最終回)